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癌核医学テラノスティクス 臨床応用と今後の展望詳解

Tags: テラノスティクス, 核医学, 癌治療, 分子イメージング, PSMA, SSTR, 臨床応用

はじめに:癌治療におけるテラノスティクスの概念と重要性

癌医療は、個別化・精密化の方向へ大きく進展しています。この流れの中で、「診断(Diagnosis)」と「治療(Therapy)」を一体化させた概念であるテラノスティクス(Theranostics)が、特に核医学分野において注目を集めています。従来の癌医療では、まず病変を診断し、その後に治療法を決定・実施するというプロセスが一般的でした。しかし、テラノスティクスは、診断に用いる分子プローブや放射性同位体を、そのままあるいは改変して治療に応用することで、癌細胞に対する選択的なアプローチを可能とします。これにより、患者個々の病態に最適化された治療の実現が期待されており、腫瘍内科医や研究者にとって、その原理、臨床応用、および今後の展望を理解することは喫緊の課題となっています。

核医学テラノスティクスは、癌細胞表面あるいは細胞内に特異的に発現する分子を標的とし、これに診断用アイソトープ(例: ⁶⁸Ga, ¹⁸F)または治療用アイソトープ(例: ¹⁷⁷Lu, ²²⁵Ac)を結合させた放射性薬剤を用いる手法です。診断用アイソトープを用いた分子イメージング(例: PET/CT)により、標的分子の発現レベルや分布を非侵襲的に評価し、その情報に基づいて治療用アイソトープを結合させた薬剤を投与することで、標的癌細胞に選択的に放射線照射を行います。このアプローチは、正常組織への影響を抑えつつ、癌病変に対して効果的な集積と治療効果をもたらす可能性を秘めています。

本稿では、癌核医学テラノスティクスの基本的な原理を概説し、現在臨床で用いられている主要な応用例、特にPSMA標的療法とSSTR標的療法に焦点を当てて、その有効性や課題について深掘りします。さらに、新たな標的分子の開発動向や、テラノスティクス研究における今後の展望について考察します。

核医学テラノスティクスの原理と構成要素

核医学テラノスティクスの基本的な原理は、特定の分子を認識するキャリア分子(ペプチド、抗体、小分子など)に、診断用または治療用の放射性同位体を標識することにあります。

  1. 標的分子: 癌細胞に特異的または高発現する分子が選択されます。例えば、前立腺癌細胞に高発現する前立腺特異的膜抗原(PSMA)や、神経内分泌腫瘍に高発現するソマトスタチン受容体(SSTR)などが代表的な標的です。
  2. キャリア分子: 標的分子に特異的に結合する能力を持つ分子です。ペプチド(例: SSTRに結合するオクトレオチド誘導体)、小分子(例: PSMAに結合する尿素誘導体)、または抗体やそのフラグメントなどが用いられます。これらのキャリア分子は、生体内での安定性や標的への集積性、非標的組織からの速やかなクリアランスなどが考慮され設計されます。
  3. 放射性同位体:
    • 診断用: PET撮像に用いられる陽電子放出核種(例: ⁶⁸Ga, ¹⁸F, ¹¹Cなど)や、SPECT撮像に用いられるγ線放出核種(例: ⁹⁹mTc, ¹²³I, ¹¹¹Inなど)が使用されます。これらは、薬剤の体内動態や標的への集積を可視化するために利用されます。
    • 治療用: β線放出核種(例: ¹⁷⁷Lu, ⁹⁰Y)やα線放出核種(例: ²²³Ra, ²¹¹At, ²²⁵Ac)が使用されます。β線は比較的飛程が長く(数mm)、広範囲の細胞を傷害するのに適しています。一方、α線は飛程が非常に短く(数十μm)、線エネルギー付与(LET)が高いため、単一細胞レベルでの高精度な傷害が可能であり、微小転移や薬剤抵抗性細胞への効果が期待されています。
  4. リンカー: キャリア分子と放射性同位体を結合させるための化学構造です。放射性同位体の種類やキャリア分子の性質に応じて設計され、体内での安定性や放射性核種の保持に重要な役割を果たします。

テラノスティクスでは、まず診断用放射性薬剤を投与し、PETやSPECTで標的病変を確認します。この画像情報から、標的分子が病変に十分に発現しているか、全身の病変分布はどうなっているか、正常臓器への集積はどうかなどを評価し、治療適応を判断します。適応があると判断された場合に、同じキャリア分子に治療用放射性同位体を標識した薬剤を投与することで、診断画像で確認された病変に集積し、内部照射による治療効果を発揮させます。

主要な臨床応用例:PSMA標的療法とSSTR標的療法

現在、核医学テラノスティクスが臨床で最も成功を収めている例として、前立腺癌に対するPSMA標的療法と、神経内分泌腫瘍に対するSSTR標的療法が挙げられます。

前立腺癌に対するPSMA標的療法

前立腺癌細胞の多くはPSMAを細胞膜上に高発現しています。このPSMAを標的としたテラノスティクスは、診断においては⁶⁸Ga-PSMA-11などのPET薬剤として、治療においては¹⁷⁷Lu-PSMA-617などの放射性リガンド療法(PRRT: Peptide Receptor Radionuclide Therapy)として発展してきました。

¹⁷⁷Lu-PSMA-617はすでにいくつかの国で承認されており、日本においても治験が進められています。今後は、早期病期での応用や、他の治療法(化学療法、新規ホルモン薬、ICIなど)との併用療法の開発が期待されています。また、より高線エネルギー付与のα線放出核種(例: ²²⁵Ac)を用いたPSMA標的α線療法も開発が進んでおり、¹⁷⁷Lu製剤に抵抗性を示した症例に対する効果や、より高い治療効果が期待されていますが、安全性や製造・供給体制の確立が課題です。

神経内分泌腫瘍(NETs)に対するSSTR標的療法

多くのNETsはソマトスタチン受容体(SSTR)を細胞膜上に高発現しており、特にSSTR type 2 (SSTR2)の発現が高いことが知られています。SSTRを標的としたテラノスティクスは、NETsの診断と治療において長年の歴史があります。

¹⁷⁷Lu-DOTATATEは多くの国で承認されており、日本でも保険適用されています。今後は、他のNETサブタイプへの応用、早期病期での治療、分子標的薬や化学療法との併用療法の開発、α線放出核種を用いたPRRTの開発などが進められています。

新たな標的分子と応用癌腫の開発動向

PSMAやSSTR以外にも、様々な癌腫で高発現する分子を標的としたテラノスティクスの研究開発が進められています。

これらの新規標的分子の開発は、核医学テラノスティクスの適用範囲を大きく広げる可能性を秘めています。標的分子の選択にあたっては、癌細胞での高発現性、正常組織での低発現性、癌の進行や治療抵抗性との関連性、および標識化に適したキャリア分子の同定が重要となります。

核医学テラノスティクスの課題と今後の展望

核医学テラノスティクスは大きな進歩を遂げていますが、臨床応用や普及にはいくつかの課題が存在します。

今後の展望としては、以下のような方向性が考えられます。

結論:癌核医学テラノスティクスが拓く癌医療の未来

癌核医学テラノスティクスは、「診断情報に基づいた個別化治療」という癌医療の理想形の一つを具現化する強力なモダリティです。PSMAやSSTRを標的とした治療法が既に臨床で成功を収め、多くの患者さんに新たな治療選択肢を提供しています。

腫瘍内科医および研究者として、核医学テラノスティクスの原理と臨床応用を深く理解することは、適切かつ最善の治療を患者さんに提供するために不可欠です。また、新たな標的分子の探索、耐性メカニズムの解明、他の治療法との併用戦略の検討、およびAIや新たなデリバリーシステムなどの最先端技術との融合は、今後の癌研究における重要な方向性となるでしょう。

テラノスティクスは単なる薬剤や技術に留まらず、診断医、核医学医、腫瘍内科医、病理医、薬剤師、物理士など、多職種間の緊密な連携を要求する統合的なアプローチです。このような連携を強化し、臨床と研究の橋渡しを進めることで、核医学テラノスティクスは、より多くの癌患者さんの予後改善に貢献していくことが期待されます。今後のさらなる研究開発の進展と臨床応用の拡大に注目が集まっています。